パチンコ依存症でお金を借りていた母|ギャンブル依存症体験談

 
  • 岐阜県
  • 45歳
  • 女性
  • パチンコ依存症

 

パチンコ依存症でお金を借りていた母

 

母親が5年前にパチンコ依存症になっていて、消費者金融まで手を出していました。私自身、母親がパチンコをやっていることは知らず、母親も職場のパート仲間に誘われたのがパチンコをしたきっかけだったようです。初めてやった時は1000円や2000円ほどパチンコに使い、お菓子に交換したと聞きました。パチンコで勝ったようですが、お金に換えてもわずかなのでお菓子に交換したようです。
お菓子をどっさり持って帰ってきて、60歳になって初めてパチンコをしたと聞きました。その時はそれほど気にもせず、パチンコの話はしなかったのですが、誘われたらパチンコ屋に行くようになっていたようです。ただ、まだその時は一人で出掛けるまでにはなっていなかったようです。
母親は昼間パートをしていました。ただ、ある時期に夜もアルバイトしたいと言い出したのです。うちの家庭はそれほど裕福ではありませんが、昼も夜も働かなければいけないほど生活に困っていなかったので少し怪しいと感じたのです。

 

その時はあまり問い詰めず、ある日、消費者金融から電話が掛かってきて今月の支払いが遅れていると言われて、おかしいと思い、問い詰めました。その時にパートで稼いだお金だけでは足りず、消費者金融まで手を出してパチンコをやっていた事が分かりました。
うちの母親は真面目でギャンブルにはまるような性格ではなかったのでかなり驚きました。よくよく話を聞いてみると当時交際していた男性と別れてしまって寂しさのあまりパチンコに没頭したようです。(ちなみに母親はバツイチです。)最初はお小遣い程度で遊んでいましたが、雰囲気にのまれてしまい、依存症になってしまったと聞きました。それに通い始めた頃は勝っていて、簡単にお金を儲けられる快感を覚えてしまったようです。

 

負けが続いたらやめれば良かったのですが、勝った興奮が忘れられなかったのでしょうね。パチンコするお金がなくなったら月に3〜5万円ほど消費者金融からお金を借りていたようです。それで夜のアルバイトはやめて昼間のパートで消費者金融から借りたお金を返済する事にしました。正直、パチンコ依存症で消費者金融からお金を借りてまでひどい状況になると聞いた事がなかったので深刻な症状だったのかなと思います。昼間のパートはシフト制で昼過ぎから19時や20時までの勤務となり、その後は疲れてパチンコ屋に行く元気もなかったようです。それからパチンコ屋には行っていないと聞いています。

 
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